これは単なる会計アプリではない。 鮨職人が頭の中で保持していた 次に握るもの、 卓ごとの進行、 イレギュラーへの対応、 作業順序の組み替え を、 そのまま操作できる形で 外部化する ユーザーインターフェースである。
鮨電卓の開発者であり、 現場の問題そのものを システムへ変換する 設計者です。
高校時代を過ごしたイギリスで BASICに触れ、 その後は Microsoft関連の 技術翻訳業務にも携わりました。
Windows 95が日本へ入ってくる時代には、 コンピュータ技術に関する 大量の英文ドキュメントを扱い、 Cascading Style Sheetsをはじめとする Web技術にも早い時期から接しています。
UNIX、Perlを使い、 独自のショッピングサイトを 構築していた経験もあります。
現在は、 HTML、CSS、JavaScript、 Google Apps Script、 Googleスプレッドシートなどの クラウド技術とAIを組み合わせ、 教育現場や実際の業務で 自ら必要とするシステムを 設計・実装・運用しています。
鮨電卓もまた、 「鮨店向けアプリを作ろう」 というところから 始まったものではありません。 現場で人間が何を見て、 何を覚え、 何を判断し、 どこで負荷を感じているのか。 そこから逆算して生まれた インターフェースです。
普通のPOSや注文システムは、 すでに起きたことを記録します。 何を注文したか、 いくらだったか、 いつ会計したか。 つまり基本的には 「過去」を扱います。
しかも、 その予定は固定ではありません。 おまかせコースは、 最初から完全に 決め打ちされた工程ではない。 その日のネタ、 そのお客様の食べるペース、 他の卓との進行、 途中の追加注文、 会話、 好み。 そうした状況を見ながら、 その場で 次の一手を決めていきます。
セットアップ時には、 その日に使うネタや、 おまかせの流れを考えながら、 各卓のボードに 「まずこれ、 その次はこれ」 と予定を置いていきます。 ここで重要なのは、 それが固定された コース表ではないことです。
途中からお客様が 「ウニをください」 「もう少し白身がほしい」 「少し休みたい」 と言えば、 予定はすぐ変えられます。 つまり鮨電卓は、 イレギュラーを 邪魔な例外として扱わない。 イレギュラーを前提に、 予定を自由に 差し替えられる設計 になっています。
最初から決められた 10品を順番に出す。 変更は例外処理になる。
「今はこの順で行こう」 を画面に置き、 お客様と現場に合わせて その場で編集する。
複数組のおまかせが 同時に進むとき、 最も大きい負荷は 「全部を頭の中で 同時に保持すること」 です。 そこで5卓を 一つの小さな表に 押し込むのではなく、 5つの独立した 進行ボードを 横方向に連続させます。
これは単なる 「スマホだから 横スクロール」 という話ではありません。 実際のカウンターで 職人が右を見て、 中央を見て、 左を見る感覚を、 画面上の横移動として 再現しています。
さらに面白いのが、 横スクロールで 画面中央付近に来た ボードを、 自動的に アクティブな卓として 扱う考え方です。
これによって 「卓3を選択する」 という操作ボタンそのものが 不要になります。 ユーザーは、 目的の卓を 見る位置まで持ってくるだけ でよい。
業務ソフトによくある 「卓番号を選択 → 編集モード → 商品一覧 → 決定」 といった 階層的な操作ではありません。 画面上で 注目しているものが そのまま操作対象になるため、 鮨を握りながらでも 直感的に扱えます。
上部には 共通のネタパレットがあり、 下側には 卓ごとの進行ボードが 横に走っています。 この配置は 見た目のためではなく、 仕事の構造そのものです。
上は「資源」。 下は「時間軸」。 ネタという共通資源を、 どの卓の未来に 割り当てるか。 それを指一本で 行えるようにしています。
鮨電卓の特徴を 一言で表すなら、 私は Imagination Integrated User Interface ― イマジネーション統合 ユーザーインターフェース と呼ぶのが近いと思います。
ここでいう イマジネーションとは、 夢や空想ではありません。 職人が仕事中に行っている 「少し先を読む」 能力です。
これらは、 通常は頭の中にしか 存在しません。 鮨電卓は、 それを 「予定」という 柔らかいデータとして 画面へ出し、 触って、 動かして、 差し替えられるように しています。
こうして見ると、 鮨電卓は 「会計アプリ」 ではなく、 職人のワーキングメモリを 拡張する認知支援システム に近づいています。
このUIを成立させるためには、 見た目以上に 多くの設計が必要です。
鮨電卓の価値は、 「こんな機能もあります」 と数えるほど 小さく見えてしまいます。
本当に面白いのは、 鮨職人の頭の中にしかなかった 仕事の進め方を、 そのまま 画面の空間・位置・順番・タップ操作へ 変換していること です。
横に5卓を走らせる。 中央に来た卓を 自動的に選ぶ。 上のネタパレットから、 その卓の未来へ 鮨を置く。 お客様が予定を変えれば、 その未来を書き換える。
これは 「コンピュータに 人間が合わせるUI」 ではなく、 人間が実際に考えている順番へ コンピュータを近づけるUI です。
だから鮨電卓は、
単なるデジタル化ではありません。
計算、
記憶、
予測、
進行判断
という複数の認知作業を
一つの画面へ統合する試み
です。
その意味で、 このシステムは 「鮨店向けの便利アプリ」 というより、 職人のイマジネーションと 現場判断を、 デジタル上に持ち出すための インターフェース と表現した方が、 実態に近いでしょう。
これまでにも、 「こういう仕組みがあればいい」 と考えられる人は いたはずです。
しかし、 想像できることと、 実際に動くシステムとして 作り上げられることの間には、 非常に大きな距離がありました。
サーバーを用意する。 データベースを設計する。 画面を作る。 プログラムを書く。 不具合を直す。 仕様を伝える。 開発会社と打ち合わせる。 修正を依頼する。
一つの思いつきを 本当に動くものへ変えるだけで、 膨大な時間と、 人員と、 コストが必要だったのです。
そして今、 その状況が 急速に変わりました。
Google Apps Script、 Googleスプレッドシート、 Web技術、 クラウドサービス、 そしてAI。
以前なら 何人もの専門家を介さなければ 到達できなかった場所へ、 一人の設計者が 直接手を伸ばせるようになった。
前島朋子の場合、 システム開発の出発点は コードではありません。
現場を見ながら、 「なぜここでこんな操作が必要なのか」 「ここはもっと自然にできる」 「この情報とこの情報は 本当はつながっている」 「人間が頭で覚えているものを 画面へ出せないか」 と考えるところから始まります。
そこから、 画面の配置、 ID、 状態、 履歴、 データの関係、 操作の流れまで、 一つの仕組みとして 頭の中に組み上がっていく。
AIが担っているのは、 そのイメージを HTMLへ、 CSSへ、 JavaScriptへ、 GASへ、 関数へ、 修正案へと 高速で変換していくことです。
だから、 一つ完成すると、 すぐ次の発想が出る。
「これができるなら、 次はここもつなげられる」
「ここまでつながるなら、 そもそも別アプリにする必要はない」
「この操作ができるなら、 ボタンそのものを消せる」
そうして、 一つの実装が 次の想像力を刺激し、 次の想像力が また新しい実装を生む。
むしろ重要なのは、 一人だからこそ、 最初の発想が 最後のインターフェースまで ほとんど薄まらずに届くことです。
従来型の大きな開発では、 現場の人が要望を話し、 それを担当者がまとめ、 仕様書へ変え、 設計者へ渡し、 プログラマーへ渡し、 最後に利用者へ戻ってきます。
その過程で、 最初に感じていた 「この一手間が本当に嫌なのだ」 「ここは目で見た瞬間に 操作できなければ意味がない」 といった 微細な感覚は どうしても失われやすい。
前島朋子の開発では、 それがありません。
この距離の短さが、 鮨電卓のような 「現場を本当に知っている人間でなければ なかなか思いつかないUI」 を生み出しています。
以前であれば、 今ここで作られているような 業務管理、 履歴管理、 UI、 データ連携、 会計、 進行支援、 経営情報までを含むシステムは、 規模や要件によっては 数百万円、 場合によっては 1000万円、2000万円という 開発プロジェクトになっても 不思議ではありませんでした。
ところが今は、 クラウドの機能が すでに部品として存在し、 AIが 24時間そばにいる 技術アシスタントのように 実装を支援してくれる。
これは、 AIが人間を 平均化する時代ではなく、 むしろ逆かもしれません。
想像力がある。 構造を考えられる。 現場が分かる。 何が不自然かに気づける。 そして 「こうした方がいい」 という像を 頭の中に描ける。
そういう人間ほど、 AIによって 以前よりはるかに大きな力を 発揮できるようになる。
鮨電卓や 一連の業務システムを見ていて 興味深いのは、 一人の人間が 急に別人になったことではありません。
もともと持っていた 想像力、 構造を考える力、 現場を見る目、 技術への理解、 アイディアをつなぐ力が、 ようやく十分な速度で 外へ出せるようになった。
以前なら、 どれほど良いアイディアがあっても、 「作るのに時間がかかりすぎる」 「開発費が高すぎる」 「人に説明するだけで大変だ」 という理由で、 多くの発想が 頭の中だけで終わっていたはずです。
今は違う。
思いついたその日に、 形にする。
動かして、 違和感を見つけ、 直す。
そして、 その完成から また次の仕組みを思いつく。
まるで、 長い間ランプの中にあった力が、 AIという精霊を得て、 一気に外の世界へ 飛び出し始めたように。
これは、 AIがすごい、 という話だけではありません。
AIを使うことで、 人間の側に昔から存在していた才能を、 これまでとは比較にならない密度で 現実へ変換できる時代が来た。
鮨電卓は、 その時代の変化が 非常に小さな現場から 目に見える形で現れた 一つの例なのだと思います。
Concept page: 鮨電卓 / Imagination Integrated User Interface